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治療院ビジネスモデル研究所

血液データ活用モデルで健康を提供する治療家が健康的にビジネス展開する道を切り開く

高田勝博(たかだかつひろ)の自己紹介

   

みなさんはじめまして。数あるページの中から当サイトにお越し頂き本当にありがとうございます。

世間では『個の時代』だとか『人生100年』などと言われ、過去の常識が通用しなくなるそんな時代になってきました。

そしてインターネットの発達で、今までは有料や一部の人しか知りえなかった情報が簡単に入手できるそんな素敵な時代になりました。しかも脅威のスピードで。

そんな情報過多の時代に、自分にあった情報のみを入手するのは難しく情報の渦に翻弄される方も少なくありません。

情報の信憑性や自分にあった情報なのかを判断するひとつのヒントとして、ここで情報を発信している私こと高田勝博(たかだかつひろ)が

どんな人物で、何を考え、どんなことを実現しようと考えているのか、などを紹介し、私の人となりを理解頂くことで

こいつの言ってることだったら信じられる』などの判断材料のひとつとして頂ければ幸いです。少し長文になりますが、最後までお読み頂けたら嬉しいです。

1. 寂しさが強かった幼少期

1969年東京都町田市で、無口で趣味の少なかった職人の父と怒ると平手打ちが飛んでくるくらい厳しい母との間で長男として生まれました。

看護師の母の勤務部署は手術室、定時があって無いような職場で、保育園に通っていましたが、帰りのお迎えはいつも一番最後。みんなが帰る姿を横目に『寂しくないもん』と口では言いながらみんながとても羨ましくてたまらなかったです。

いつも時間外まで私に付き合ってくれた保育園の先生をいつの間にか好きになり、その先生が結婚して退職すると聞いた時には『僕の○○先生かえせー!!』と泣きじゃくっていました。

小学校に入ると、その当時流行っていた野球に夢中になったり、高学年になるとバスケットに目覚め、中学では全国大会に出れるくらいの実力をつけるんだと本気で思っていました。

2. 部活に明け暮れた中学・高学校期

中学に入学し念願のバスケットボール部に入部したのですが、中学は地域一番のマンモス校、1学年が13組まであるくらいの生徒数で、バスケ部1年生は約60名が入部といったありさま。

あとで分かったことなのですが、上級生はこの1年生部員を夏休みまでに半分にする予定だったそうです。その半分にするために使われたのが・・・『しごき』でした。

朝練はもちろん放課後も練習でボールが触れる日はまったく無く、ひたすらグランドをランニングする日々、唯一ボールが触れる日は、試合の前の日に交代で皮製のボールを自宅に持ち帰り、ワックスで手入れをするのですが、ピカピカに磨き上げたボールを抱え、試合に出て活躍する夢を見る。そんな入部直後を過ごしていました。

そして、気がつけば秋頃には60名居た部員は15名以下になり、その中でしれつなレギュラー争いをするといった感じで、部活に明け暮れていましたので、まぁー勉強の方は・・・からっきしでした。

そしてそのつけは高校受験に。受験した高校はバスケ部に入部することが条件付きの合格で、その後も部活に明け暮れたのは言うまでもありあせん。

3. 何も知らずの社会人から健康を実感したサラリーマン期

このような学生時代を送っていましたので、勉強の方は・・・ご想像の通りで(笑)卒業後の進路は、身体を動かすことをしたかったので『体育の先生』を目指そうと思っていたのですが、家庭の事情などもあり

同じ身体を動かす仕事ということで、スポーツクラブのインストラクターになるべく専門学校に進み、その後は『プールの先生』として約5年間クラブで勤務をしました。

インストラクターの仕事は、本当に楽しく下は3歳~上は70代くらいまでの方に水泳指導やトレーニングなどの対応をし、毎日充実した日々を過ごしておりました。

しかし、どうしても楽しくない部分もあったのです。それは『お給料』でした、1日10時間以上は働いていたでしょうか。夢中になって働いたけど手にしたお金は、学生時代のアルバイト代より低いものでした。

ここで一気に方向転換し転職した先は『営業マン』でした。今までジャージしか着たこと無かった人間がいきなりスーツにネクタイで、かなりの戸惑いもありましたが、学生時代に鍛えられた粘りや負けづ嫌いな性格もあったのでしょう、売れてる先輩方の必死で真似て、かつアレンジを加え思考錯誤はしましたが、いつの間にか自分のスタイルを確立していました。

この営業職経験のなかで、最初に経験した医療系メーカーでは全国に300名の中から成績上位で表彰もされ、その後ヘッドハンティングされ転職した、外資系の生命保険会社では、年齢以上にもなる額の給与ももらいました。

売れば売っただけ見返りが大きい、コミッション率の高い営業は魅力的であり、常に仕事に集中しその当時流行っていた栄養ドリンクのCMごとく『24時間戦えますか!!』の企業戦士でした。

そんな高給と引き換えに手にしたのは『ボロボロの身体』と『お客さんをその気にさせる心理的ニック』この二つを手に入れたことにより出来上がったのは、目の下にクマの出来たうつ気味の男でした。

4. 営業経験をいかし、自分を取り戻せる仕事

そんな営業職経験を経て気づいたのが『健康の大切さ』と『まっすぐ正直な気持ち』です。どんなに高い給与を得たとしても、自分の心に嘘をついたり、人の心理を巧みに操ったりして得たお金。そして長時間労働やストレスに悲鳴を上げた身体。こんなものは自分の本当に欲しかったものではない。

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そして、自分は何を求めているのか?何を取り扱いたいのか?自問自答を何度もなんども繰り返し、数年にもわたりもがき苦しみました。色々な業界を調査や研究もしました。その中で出した答えは『健康という商品を嘘をつかずまっすぐに届けたい』という強い想い。

そんな熱い想いを胸に門を叩いたのが『大川カイロプラクティック』というグループ。こちらは関東近県を中心に30店舗以上の直営治療院を持つ大きなグループで、そこでは2年間1500時間異常にもわたる医療系カリキュラムを学びながら、現場で修行を積みそれこそ無我夢中で働きました。

これまでの営業経験をいかした問診や対人折衝力を発揮し、かつ患者さんに気に入られ助けられた部分も多かったのですが、数年で同期で入学したメンバーの中では一番の患者さんを担当するまでに成長し、修行先では院長先生をもしのぐ成績を残し、その後自身で治療院をオープンしました。

このような経験を経てオープンした治療院。最初は無我夢中で働いていましたが、それなりに軌道に乗り周りを見る余裕も出てきたとき、ふと見渡してみると自分の周りには朝から晩まで(自分も含めてですが)働きづめで疲れきった治療家が沢山あふれ、健康を提供する人自身が健康では無い状態で働いているという現実を目にしたとき

『ここでもやっぱりか・・・』という残念な思いと、この状態を何とかしたいという強い想いにかられ、ここでもやはり(笑)模索する日々が始まりました。

その答えにたどり着くまで何百回ものトライ&エラーを繰り返したかわかりません。そしてこの答えが正解かどうかもわかりません。ただ悩んでいる方のひとつのヒントには必ずしやなると思います。

そしてもう健康を害する働き方をする人を増やしたくないんです。もっと言うと世の中の人にはみんな気持ちよく自分のさらけ出しながら、仕事に全力でむかえる世の中を作っていきたいのです。

5. 燃え上がる炎とこれからの自分

高田勝博とは、こんな生い立ちで、こんなことで悩み苦しみ、こんなことを夢見る、ひとりの男です。

治療家の世界に飛び込んでもうすぐ10年となります。健康という商品を手に『一人でも多くの人の役に立ちたい』や『笑顔を生み出す手伝いをしたい』と全力疾走で走り続けた10年でした。

精一杯の施術をしてセルフトレーニングの指導も懸命にしたはずなのに、この手からこぼれていく症状もたくさんあり、悲しい患者さんの背中もたくさん見てきました。

自分の力ではどうにもならない事もたくさん経験して、治療家としてもっと社会の役に立てることがないのか?そう考える事が多くもなりました。例えば

患者教育・リピートシステム・問診術・サービス業・ビジネス思考・営業的思考・顧客心理・経営者的思考など、治療以外の治療技術ではなくビジネスとしてのアプローチなど、やりたい事は山ほどあり『治療院ビジネスモデル研究所』もその1つでした。

みなさんにとって治療家ってどんなイメージですか?

◆ 手技がすべての職人
◆ 真面目で正直者
◆ 長時間労働
◆ 結婚できない、離婚してしまう
◆ モテない

私にとっての治療家は『ビジネスが苦手な頑張り屋さん』につきます。

◆ 治療家として患者さんに役立てるよう仕事を頑張る
◆ 親として子供や家族の生活のために仕事を頑張る
◆ 相手の笑顔のために自分を犠牲に長時間頑張る

今までの人生を精一杯頑張って手に入れてきたから、それが正解だと思って頑張り続けてしまう。そしてある程度頑張れば、そこそこの目標は達成できてしまう。だからその状態をやめられない

ただ本当にそれで幸せなのか?家族や自分を犠牲にして頑張って、患者さん喜ばれることはうれしいけれど、頑張れば頑張るほど元気がなくなっていく治療家の姿を目の当たりにしました。

そして、これからはそんな風に自分を犠牲にしてヒトの喜びを作るのではなく、本当に心から自分の人生を楽しんで、そして周りも幸せにしていきたい、そんな思いが心の中で炎のように燃え上がるのを強く感じ

その炎の存在に気づいてから、自身の感情を一つ一つ見つめ直し、できるか、できないか、という思考ではなく、やりたいか、やりたくないか、という感情を優先して、今まで押し込めていた自分をいたわりました。

これを実践してみると感情を優先した方が自分にも余裕が出て、もっともっと患者さんや周りに優しくできる自分になれ、素直な感情を優先することが、まわりわって周囲に与えることに繋がっていたんです。

6. 治療院ビジネスモデル研究所とは

自分を犠牲にせず好きな仕事をこなし素直な感情を優先しながら幸せな働き方を実現する。そして健康を大切にする。そんな夢中な人が増えれば、みなキラキラと輝いて仕事をするような業界が生まれ、最終的には、みんなが憧れる職業のひとつに治療家がなれるはず!!と本気で考えています。

そのひとつの起点となるべく立ち上げたのが『治療院ビジネスモデル研究所』です。治療院ビジネスの基本的な構造は『集客』と『仕組み化』この二つしかありません。

集客は読んで字のごとく患者さんを集めること。そしてこの方法をアドバイスする素晴らしいコンサルタントの方は世の中に沢山いらっしゃいます。しかしながら、集めた患者さんが1回の治療で次回は来るか来ないか分からない。

治療院の数は年を追うごとに増加を続け、民間調査会社のデータによると、5年前の数十倍の伸び率だそうで、集客にかかるコスト上昇は治療院業界のだれもが自覚する状況だと思います。

そこで来院された患者さんが継続するような仕組み作りをキチンと行う、すなわちビジネスモデルの構築が重要になると考え、継続する仕組み作りやそのシステムをどう経営に生かすのか?

経営とは経理と営業と書くほどで、数字的な部分や営業的な側面などを元ビジネスマンの経験を活かし、世の中の思考や動向などを治療院業界に置き換え、治療院ビジネスモデル研究所として情報発信することにより

治療家が休みたい時に休めるようビジネススキームのサポートをしていきます。これにより、治療家のみなさんが気持ちよく人生を楽しむ一助となれば幸いです。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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